大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2257号 決定

申請人

宇佐川優

被申請人

雅叙園観光株式会社

右代表者代表取締役

松尾國三

右訴訟代理人弁護士

大久保純一郎

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

申請人が被申請人に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  被申請人

主文第一項と同旨。

第二当裁判所の判断

本件疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人は被申請人の従業員として勤務していたところ、昭和五七年三月三一日解雇予告を受け、予告期間満了を待たず同年四月一五日即時解雇されたことが一応認められ、申請人は、被申請人の本件解雇の意思表示は解雇権の濫用であり無効である、と主張するので検討する。

まず、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、本件解雇にいたる経緯につき次の事実が一応認められる。

1  申請人は、昭和五六年四月六日被申請人東京営業所に採用内定し、試雇用員として同営業所管理課総務係に配属された。試用期間は当初三カ月間であった。

ところが、申請人は、いわゆる中途採用であり、総務事務の経験があるということで採用されたのに、タイムカードチェック等簡単な仕事でも二日間もかかり、人事労務関係の書類の作成にもミスが多く計算が遅いため人の二、三倍も時間がかかる状態であるうえ、自分勝手な判断で仕事をすすめるので業務に支障を生じることも多かった。また、申請人は協調性がなく、同室の経理係員に対しあいさつもせず同僚を軽蔑し無視するかのような態度をとり続け、他の従業員に対しても書類の説明などが不親切で口論となったりした。さらに、申請人は上司の注意や指示を素直に聞かず、かえって責任を他に転嫁して反発し、反抗的態度をとってその指示に従わなかったりした。このように申請人の周囲には悶着が絶えず同室の従業員が上司に退職を願い出たほどであった。

2  そのため、申請人の直属上司である吉居管理課長は、申請人の配属一カ月後、申請人を被申請人の従業員としては不適格と判断し、口頭で退職を勧告したが、申請人は応じなかった。そして二カ月目も同様の状態であったので、吉居課長の上司蒲地総支配人が再度退職勧告をしたが、申請人はもう少し猶予してほしい旨述べてこれにも応じなかった。

3  昭和五六年七月六日をもって三カ月の試用期間は満了すべきところ、申請人の本採用に関する考課査定の結果はきわめて悪かったが、被申請人は、申請人が大学卒でもありさらに訓練すればあるいは本採用することができるかもしれないと考えてさらに三カ月間試用期間を延長することとし、その旨告知したうえ、昭和五六年八月八日申請人を本社総務部総務課人事係へ配置替えし、小倉総務係主任のもとでその指導を受けさせることにした。

ところが、申請人の給与計算ミス、資料や報告書のミスは何度注意されてもなおらず、申請人は、あいかわらず集中力に乏しい仕事振りであった。申請人は、昭和五六年一〇月、中間決算報告書を〆切日より一カ月遅れて提出したが、報告書はミスが多く訂正のため文字が判読できないほどであったため、小倉主任が浄書を命じたところ、「今までこれで通用したから」と反論してこれに従わず、結局、小倉主任があらためて作成し直すなど仕事に二重の手間のかかることが多かった。また、申請人は、総務課あてにきた簡易書留を上司に渡さず勝手に開封し、注意を受けると、私も総務課の人間だから開けて見るのは当然の権利であると主張して反論し、また、申請人の机の上に賃金台張が置き忘れてあったと注意されると、私はしまって帰った、誰かが私の引き出しから出したのだと言い張り口論となったりした。

4  昭和五六年一〇月一三日小倉主任は、申請人が給与袋を作成していたので「それは会計の仕事だから」と数度にわたって注意したのに同人が無視する態度を続けたため、これまでの同人に対する憤懣がいっきに爆発し、激高のあまり申請人の左頬を平手で殴打し、申請人とつかみあいの喧嘩となった。その後、申請人は小倉主任を暴行で警察に告訴し、小倉主任は責任をとって会社を退職することとなった。

5  申請人は、右事件後自宅待機を続けていたが、昭和五六年一〇月二一日被申請人八代総務部長、白崎総務部次長に呼ばれて話し合いの機会をもった。申請人は、会社側の退職の勧告を拒否し、あくまでも総務関係の仕事を続けてゆくことを懇請した。会社としては、すでに一度試用期間を延長していることでもあり、これ以上の猶予はできず即時に解雇することもできたけれども、是非とも会社にとどまりたいという申請人の懇願のため、やむをえず再度試用期間を延長することとして申請人にその旨伝えた。もっとも、被申請人は、申請人の事務能力が非常に劣っていることから、従来の職場では同様の事態をくり返すだけであると考えて比較的対人的接触も少なくてすむ客室係で訓練し、将来性格的なものがなおるようであればフロント関係の業務にあてる見込みで再度申請人の配置転換を決定した。

6  申請人は、昭和五六年一〇月二一日東京営業所第一営業部フロント課客室係へ配置替えされた。

ところが、申請人は、客室係においてもトラブルが絶えなかった。

申請人が客室係に配属になって間もなく、申請人がホテルのマスターキーを紛失したのではないかと大騒ぎとなり追及されたところ、申請人は、私ではない、ページボーイがやったことだと言い張り続けた。また、申請人は、入室お断わりの札を掲示している客室に勝手に入室し厳重な注意を受けたり、ルームチェックの時に滞在客の荷物の中身を調べていて上司から注意を受けると、なんで見てはいけないのか、と反問したり、客室内の簡単な補修工事(はがれた板の打ちつけ)の指示にも自分は不向きであるとしてやろうとしなかったり、冷蔵庫の飲料補充もミスが多く時間がかかるため用度係から苦情がきたりしていた。

7  被申請人は申請人が客室係に配置替えとなった直後から申請人が以前勤務していたことのある会社に申請人のことを問い合わせたり、昭和五六年一二月ごろ、前の会社での身元保証人であった申請人の実兄に連絡をとって退職の説得を依頼したりした。そして、昭和五七年二、三月と申請人の実兄をまじえて退職の説得を重ねたが、申請人は頑として説得に応じようともしなかった。

8  申請人は、昭和五七年三月二八日客室清掃業者である明晃興業株式会社の女子パートタイマーと激しい口論をひきおこした。同女が一カ月近く申請人から無視されて差別扱いされたという理由であった。

ここに至って被申請人はついに昭和五七年三月三一日申請人に対し解雇予告をし、申請人が本件仮処分申請をした直後の同年四月一五日即時解雇の意思表示をした。

以上の事実が一応認められる。

そこで、以上の事実関係のもとで、申請人の法的な地位について検討することとする。

まず、本件試用契約の法的性質について検討すると、本件疎明資料によれば、被申請人の就業規則中には試雇用員は「採用が内定し、試傭期間中のもの」として社員と区別されており(一四条)、同規則一一条には「採用内定したものについては原則として三カ月間の試傭期間をおく、試傭期間は選考の為のものであって、この期間に本人の身元、健康状態、技能、勤務成績等を審査し、不適格と認められたとき、又は無届欠勤四日以上に亘る時は解約する」と規定されていることが認められ、以上の事実によれば、被申請人における試用期間は、試雇用員を予定した職務に就かせたうえ社員としての労働能力及び適格性を判定し、不適格な事由があればこれを解雇することができるという機能を営むものであり、本件試用契約は解約権を留保した契約であるというべきである。

次に、試用期間の長さについては、前記認定のとおり、当初は就業規則の原則どおり三カ月間であったところ、再度にわたり延長されているので、試用期間の延長に合理的な理由があるかどうか考えると、まず、昭和五六年七月の初度目の延長については、前記2認定のとおり、三カ月間の試用期間満了以前に被申請人は申請人を従業員として不適格と認めたけれども、もう少し猶予してほしい旨の申請人の懇請をいれてなお三カ月間様子をみることとしたものであって、その合理性は明らかである。次に、同年一〇月の再度の延長については、前記5認定のとおり、申請人は総務の従業員としてはもはや不適格と判定されていたのであって、被申請人としては、この段階で申請人を解雇することもできたのであるが、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、申請人は被申請人の退職勧告に応じないで頑な態度をとり続けたため、申請人を円満退職させることを望んでいた被申請人としては解雇という強力な手段に訴えることをせず、やむなく申請人の可能性を探るべく営業部門への配置替えをしたうえで再度の試用期間の延長をせざるをえなかったことを認めることができ、このような申請人の態度に照らすと被申請人のとった処置もやむをえなかったというべきである。そして、被申請人は客室係での申請人の不適格性が明らかになるや、前記7認定のとおり申請人に対し退職の説得を開始し申請人を円満に退職させるべく努力を重ねていたのであり、以上の事情のもとでは、申請人につき再度試用期間を延長したことも合理的なものとして是認できるものである。

以上によれば、申請人は、本件解雇通告を受けた時点において、いまだ試雇用員のままであったと認めるのが相当である(なお、申請人は、昭和五六年一〇月客室係へ配置替えされたことをもって実質的に正社員として雇用する旨の意思表示がなされたと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない)。

そして、前記1ないし8に認定した事実によれば、被申請人のした本件解雇は、試用期間に伴う解約権留保の趣旨、目的に照らして合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認することができるものといわなければならない。

そうすると、申請人と被申請人との間の雇用契約は、昭和五七年四月一五日をもって終了したものというべきである。

よって、本件申請は、被保全権利について疎明がなく、保証をもって右疎明に代えることも相当でないから、本件申請を却下することとし、申請費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 土屋文昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例